第60回  大学美術教育学会  山形大会

Oral presentation

口頭発表Oral presentation

演題

彫刻家佐藤忠良の教育

―佐藤忠良の造形思考と岩野勇三の実践―

氏名

齋藤亜紀

所属

常磐大学人間科学部、茗溪学園高等学校中学校

COMMENT

  • 齋藤亜紀 より:

    金沢学院大学 家﨑萌様

    コメントをいただきまして、ありがとうございました。
    岩野は佐藤のアトリエでデッサンを学び、彫刻へ傾倒し、作家活動をしながら専門教育へも携わりました。
    岩野の指導の根幹は、自分が体験してきたように眼と手によって掴み取ってきた確信によって成り立っていました。
    しかし、現在のカリキュラム、また実技にさける時間には限りがあり、学習者が自覚的に学んだという確信を得るには十分ではないと岩野は感じていました。
    岩野が在職当時、東京造形大学には大学院がありませんでした。そこで、岩野は大学にほど近い場所に、高尾彫刻研究所・天才塾
    を開き、卒業生に開放しました。
    何より、「日本の教育システムに疑問を持っている」を、現行への批判に費やさずに、学生に寄り添い、自分なりの応えを出そうと、実質的な実行力を発揮しました。
    岩野の教育を受けたものが、国公立私立を問わず、彫刻教育の重要な職務に就き、技法書同様に受け継がれています。
    高田市に再訪いたしまして、城下町のお国柄なのか、文化芸術に対する教育の深さを感じています。
    岩野は、高田高校の絵画部に在籍していましたが、同級生は文学誌を創刊し、学究的なサークルが活発に活動していたと聞きます。そういった土壌に育まれて、彫塑の方法を体系化し、技法書を執筆することができたのだと感じています。
    温かいお言葉を賜りました。励みにいたします。重ねて感謝申し上げます。

  • 金沢学院大学 家﨑萌 より:

     貴発表では、岩野勇三についてインタビュー等の記録による声の記述も含みながら丁寧にお示しいただき、興味深く拝聴させていただきました。教育に携わる立場として、岩野の教育システムへの疑問というところが特に興味深い点です。
     私事ですが、新潟県高田が郷里であります。今回の先生の発表により、岩野勇三の真摯に人間を探究する姿について知ることができ、地域の一関連人としても、嬉しく感謝しております。岩野の人物が浮かび上がってくることで、今後作品への向き合い方も変わると感じました。感想になりましたが、ありがとうございました。

  • 齋藤亜紀 より:

    松尾大介先生

    コメントをいただきましてありがとうございます。
    岩野勇三の功績は、急逝したことの悲しみにより、今まで多くは語られてきませんでした。
    2015年の東京造形大学で行われましたオムニバスの講義、ハイブリッド特別講座「佐藤忠良の美術とデザイン」において、岩野の教育を受けた諸先生方から佐藤のことだけでなく、岩野について多く語られたことが印象的でした。
    岩野は、実務面で労を惜しまず、実践においても学生に直接的、具体的な指導を行いました。
    岩野は、一旦、上越教育大学の芸能科に進んだとも、武蔵野美術大学に進んだとも言われていていますが(どちらなのかは、まだ確証は得ていません。)、大学教育に不信を持っていた佐藤に強い勧めで、上京し佐藤のアトリエに入ったとの証言を得ています。
    いわば佐藤の理想を実現するようにして学んだ岩野でしたが、後に大学教育に携わることになり、「疑問」が大きくなっていったのだと思います。
    岩野の蔵書は多岐に渡り、美学から社会思想までばば広く、技法書の執筆には上越の高田高校時代の教養教育が下地となっていることを強く感じます。今年の夏に上越市の岩野家の生家のあった場所を訪れました。祖父母が暮らしていた土地を愛していたと聞いていましたが、実直で自然に謙虚であった岩野の姿を垣間見る思いがいたしました。
    冗長になり失礼いたしました。貴重なお言葉を賜りまして重ねて感謝申しあげます。

  • 松尾大介 より:

    上越教育大の松尾です。
     この夏、上越市で開催された岩野勇三の回顧展で、岩野の彫刻をまとめて鑑賞し、改めてその価値を認識したところです。岩野の厳密な具象彫刻は、自然の必然的な現象に従った抽象彫刻にも感じました。
    「大学で人体塑造を学ぶことの意味が問われている」中、岩野の彫刻や教育者としての姿勢から、その意味を見つめなおす齋藤様の発表に共感いたしました。
     大学で美術を学んでいない岩野の「日本の美術教育のシステムに疑問をもっている」「この技法書その責任の一端としての償いの意味を持っての試みでもあります」という言葉を記した著書が、40年もの間、版を重ね続けていることには、看過できない理由がありそうです。
     私も、岩野の「疑問」と「償い」について、考えていきたいと思います。

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